本文へ移動

会長のつぶやき

RSS(別ウィンドウで開きます) 

2020.3.16「寂しい別離」

2020-03-16

「平成」から「令和」に改元された昨年に・・・
 師走を前にして「男兄弟五人の、末弟が」突然他界した、
少し前「稀代な旧友」二人、仲良し「同業職敵」の二方も。
「古希」に続いて「喜寿」祝いの“クラス会”も二名が居なく、
朋友の「同志」二人が、全員が、私より若くして逝ったのだ。
私にとって、多少「嚙合」に親しみし仲の「人間」ばかりだ。
それ故に、別れは、「○○○○○」「寂しい別離」ものだ。
(そんな1年でも「楽しいわかれも」一つあることは、あった)
昭和天皇が「崩御」された当時(昭和64年)は、
日本中「喪に服し」「歌舞・音曲」が抑圧(抑制)された感があったが、
今は、形は違うが「新型コロナウイルスの感染拡大」に伴い、
世界的な対応がなされていている。
 今こそ地球人全てが共戦し
一刻も早く「喪中」になって
次に「素敵な出会い」にすすみたいものである。
 

2020-3-13

2020-03-13
2020・3・12
2020・3・11 世界保健機構(WHO)が「新型コロナウイルス」について「パンデミックス(世界的流行)」と表明したことを受け、厚生労働省の発表では、日本の対応は従来と変わらないと。(未だ収束が見えないままだ)・・・そんな中
社長の手による、リニューアルされた当社のホームペーの、コーナーで「会長のつぶやき」、1年数か月振りに再開する
こととなりました。(宜しくお願い致します。)
この1年数か月は、意図して休んではいなく、我が人生10年20年に匹敵する「寂しい別離」と「素敵な再会」「痛恨の事故」と「不断の闘病」っての「事」は、「書に記す」れど 心底心根を伝えられぬ「モドカシイもの」もあります。
 「 事事 見参の時を 期せん 」は物理的に不可だ。
つづく

2019.1.2

2019-01-02
2019.1.2 心新たに次の一手を!
 
新年明けましておめでとうございます
昨年 創立40周年を無事迎えられたのは、ご支援いただいた関係各位、
並びに社長役員の元、社員の奮闘努力のお蔭と感謝しています。
私はと言えば昨年、一昨年と事故と持病、亦加齢と術後の免疫力の低下により
5度の緊急入院で、家族や社員に大変な苦労と心配をかけましたが、何れも完治し
否、病気以前より「元気な病人」を自負するくらいに良くなっており、関係する
「医療機関」の諸先生、亦周囲の方々の心温まる「激励」に加え、勇気と実践の
信仰のお蔭と信じています。
会社も、来期は、全幅の信頼をしている「第三代目社長」に継承を託して、次の
「50周年」目指して出発をと考えています。
座右の銘の一つに「一丈の堀を超えずして、10丈20丈の堀を超えず」と有ります。
「諦めない心」を大切に、今年も一歩一歩と歩みを進めてまいりたいと決意しています。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

P1 「2018 7.21「感謝祭」顛末記

2018-09-15

2018.9.15 

 

「定刻、時間が参りましたので、只今より・・・」爽やかな雰囲気とマッチした彼の第一声で、司会、進行を猪俣社長一人で担当した「正和製作40周年」を記念する「感謝祭」の小宴が市内の「Gホテル」で始まった。特筆されるのは「招待客2組の夫妻とあわせて18名の方々の少数者である

「感謝祭」顛末 P2会長挨拶

2018-09-15

①当初、1ヶ月以上も前からアポをとっていたが、その後「四国4県の議員研修会」が地元鳴門市で開催が決定
「N議員氏」は徳島県の議員歴7期(副議長も歴任)目の現職で、県の党代表者でもある事から、御欠席
丁重な「祝電」は戴けたものの、ご自慢の「ウクレレ演奏」は残念ながら披露されることは無かったのが残念であった。
最近、頓に滑舌の悪くなった小職、会長の挨拶は、参加者への御礼と、40年もの間「大木も大風には倒れ、小木なれども、支える木有れば、倒れぬ」とのご金言を拝し、感謝の心と、後継者へのご支援をお願いしたつもりだ。
TOPへ戻る